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教会を愛するために


証し#7 執筆担当:小林悠(関東地区担当主事)


私が学生時代、KGKを通して学んだことの一つは、「KGKは教会を愛するためにある」ということです。


KGK活動に参加すると、KGKが大切にしている三つのスピリットについて何度も耳にします。「福音主義」、「超教派」、「学生主体」です。特に、超教派について、KGKには教団教派を超えて学生が集まっており、福音主義信仰において一致しつつ、それぞれの立場の違いを尊重して協力すること、そして自分が所属する地域教会に遣わされていることを自覚し、教会を大切にすることを学びます。具体的には、礼拝・祈祷会への出席、奉仕をすることを勧められます。


それならKGKに行かずとも教会をきちんと大切にできればそれで良いでは?というとそうなのですが、学生時代にKGKで同世代の仲間と葛藤を共有しながら聖書を読み、祈ったことは私の信仰生活の基盤となり、また失敗しながらKGKで奉仕したことは、教会で奉仕をすることへとつながっていきました。私にとってKGKは、教会を愛するキリスト者となるために欠かすことのできない訓練の場でした。そして、主事になった今も、学生宣教に仕えることを通して地域教会のお役に立ちたいと願い奉仕しています。


主事となって約半年が経ちました。学生たちとの関わりの中で教えられていることは、学生たち一人ひとりが神様に愛され、選ばれ、確かな導きの中で信仰生活を歩んでいるということです。主事は、学内リーダーや役員など、具体的な奉仕を担っている学生たちと一緒にミーティングをすることが多くありますが、その中で時々、彼らがどんな思いを持って奉仕をしているか聞くことがあります。ある学生は、「自分は就活もあるし、学校の勉強も忙しいから奉仕を引き受けるか迷った。でも『あなたがたがわたしを選んだのではなく、わたしがあなたがたを選び、あなたがたを任命しました』というみことばを読んで引き受けることを決めた」と言います。ある学生は、「自分は役員の奉仕をすることを神様の召しだと受け取っている」と言います。これは、誰かに言われたからではなく、学生たち自身が神様との関係の中で聖書を読み、祈って自分で決めたからこそ出てくる主体的な信仰のことばです。そして、学生たちに今このような信仰が与えられていることの背後には、地域教会で愛され、祈られ、育まれてきた事実があるのだと思わされています。


そのような大切な存在である学生たち一人ひとりを教会から送り出していただいていることを覚えるとき、KGKの活動は、教会を愛する方向へ向き続けるものでなければならないと思わされています。

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