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愛することはできないが、
証し#136 執筆担当:戸澤元宏(関東地区担当主事) 「神と人とを愛することができますように」 学生時代の私の祈りです。神を愛し、人を愛する生き方を、実践しているように見える信仰の先輩たちが、カッコ良くて、何より、その生き方を全うしたイエス様に憧れを抱いて、「僕もあんな風に生きたい」と思いました。そんな思いから湧いてきた祈りでした。 ただ、それは同時に「神と人とを愛せない自分」からの逃避だったのかもしれません。自分の本性がどこまでいっても自己中心であることに薄々気づきながら、「神と人を愛そうとする自分」で、自己中心な姿を誤魔化していた気もします。 イエス様の元に駆け寄った1人の人の姿が自分と重なります。 「イエスが道に出て行かれると、一人の人が駆け寄り、御前にひざまずいて尋ねた。『良い先生。永遠のいのちを受け継ぐためには、何をしたらよいでしょうか。』…イエスは彼を見つめ、いつくしんで言われた。『あなたに欠けていることが一つあります。…。』すると彼は、このことばに顔を曇らせ、悲しみながら立ち去った。」 マルコの福音書 10章17節/21〜22節抜粋

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6 日前読了時間: 2分


陶器師の御手の中で
証し#135 執筆担当:鈴木俊見(中四国地区責任主事) 2014年から12年間、中四国地区でKGK主事として主に仕えてきました。振り返って感謝だったと思うのは、主事の働きが思っていたよりも何倍も楽しかった、ということです。そして、主事やってよかったなと思わされています。その一番大きな理由は、自分が福音の豊かさを知ることによって、主にある自由を経験させられ、変えられていったからです。言い換えると、自分の信仰の根本的なところが、恵みによる信仰に変えられた、と言い換えることもできます。 主事になった当初、私は「主事とはこうあるべき」「学生はこうあらねばならない」という、自分の型にはめて物事を考えるようなところがありました。ですから、それと外れている自分に気がつくと落ち込み、当てはまらない学生がいると苛立ち、心の中でさばいていたように思います。そんな姿勢だったので、学生との関係もうまくいきませんでした。最初は、それを自分が学生時代を過ごした関東地区と中四国地区の違いのせいだと考えてみたり、自分と学生の世代の違いだと考えてみたり、しばらく学生との関わりから

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3月19日読了時間: 3分


留学生と共に福音に生きる
証し#134 執筆担当:小林祐(留学生宣教責任主事) 2025年度は留学生宣教においても、主の豊かな御業を見させていただいた1年でした。関東ではもともと2人だった留学生宣教チームに加えて、春には主事が1人、協力者が4人与えられ、より幅広いキャンパスに活動の輪が広がっていきました。また、各地区で留学生との交わりが増えていった一年でもありました。加えて、関東と関西でOCF、IBCといった定期活動も引き続きなされ、関東ではCrossingというキャンパスを超えた留学生の交わりとして、新たな活動も始まりました。祈りに応えてくださり、必要を満たしてくださる主に、そして祈りを持って支えてくださっている皆様に感謝致します。 11月には、日本留学生宣教サミット(ISM Summitt)を東京で行うことができたことも大きな恵みでした。今後ますます増えていく留学生に対して、日本の教会全体の働きとしてどのように取り組んでいくことができるのか、その可能性と課題について、世界や日本の働き人と共に、学び、考え、励まし合う時を持つことができました。 そこで分かち合われた留学生

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3月12日読了時間: 3分


ともに担う働き
証し#133 執筆担当: 佐々木悠斗(東北地区運営委員長、東北学院大学4年) 東北地区についてみなさんに分かち合う機会が神様によって与えられていることを心から感謝します。今回は、東北地区の役員をしていて感謝だったことをシェアしたいと思います。 昨年4月から東北地区役員の委員長としての奉仕を始めましたが、正直なところ、自分に務まる自信はまったくありませんでした。ただのネガティブな思いではなく、これまでの委員長たちの働きの素晴らしさを見ていたからです。「あのようにたくさんの働きを担えるだろうか」「頼ってもらえる姿を見せられるだろうか」―そんな不安を常に抱えながら過ごしていました。 そんな考えが少し変わったのは、年末に行われた年末合宿の運営を通してでした。それまでの合宿では、準備の中で足りない部分や見落としていた部分があっても、私や同期の役員がカバーできていたのですが、年末合宿の準備については、私たち4年生が卒業論文の時期と重なり、思うように動けませんでした。さらに、参加できる役員の人数も少なく、準備不足や不安を感じながら始まった合宿でした。...

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3月6日読了時間: 3分


矛盾だらけの私を抱きしめてくれる
証し#132 執筆担当: 井上暁希(北海道地区担当主事) GAの時代からいつも悩み続けていることがあります。自分は主事なのだろうか、それとも井上暁希なのだろうか。それとも両方なのだろうかという問いです。 KGKの主事として歩む中で、いつも井上暁希としての自分と、主事として見られる自分の葛藤があります。まさか主事が礼拝に遅刻しないよね。まさか、主事が聖書を読みたくないなんて思わないよね。まさか主事が。そんな声が自分の中から聞こえてきます。でも、僕だって、眠すぎる日曜日の朝や、聖書を開けなくなる時もあります。教会楽しいと思えない時もあります。 クリスチャンとして、生きる自分と、まるで真逆なように見える自分が同時に存在する。この表と裏のような、ギャップに苦しみながら、神を礼拝している。これが僕の等身大の姿です。表を頑張れば頑張るほど、裏側にある闇もまた深くなっていくように感じる。その繰り返しを生きています。 でも、同時にそんな相反する自分の姿に気づく時、神様を礼拝することは、「私が」という主語を手放すことだと強く教えられています。 自分が自分がと、頑張

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2月26日読了時間: 3分


互いに愛し合い、愛される交わり
証し#131 執筆担当: 田中真音(北陸地区、金沢大学2年) 北陸地区2年の田中真音です。いつも北陸地区のためにお祈りありがとうございます。北陸地区が多くの人の支えと祈りによってここまで活動できていることに感謝します。 北陸地区は全国の中でも規模の小さな地区です。コロナ禍によって北陸地区は学生が急激に減少し、運営委員を立てることができなくなってしまったそうです。(そのためか自分が去年初めて北陸の教会で成実主事と会ったときに学生や教会の方と「新入生が与えられるように祈っていて…。来てくれてよかった~!!」と喜んでいました。)しかし、現在は約30名の学生が学内聖研や地区活動に繋がり、活動することができるようになりました。また、県代表という役割を設けて地区の活動を学生たちで考える体制が整ってきました。 今年度の北陸地区のテーマは「互いに愛し合う会~福音をあなたにも~」です。今ある交わりを大切にしながら、自分の周りの人にも福音を伝え、自分たちの交わりに多くの人が招かれるように祈りながら活動してきました。規模が小さい地区だからこそ活動に参加するとほぼ全員の

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2月19日読了時間: 3分


常に伝えられるように
証し#130 執筆担当: 高尾鐘円(九州地区運営委員長、宮崎大学4年) 今年度のKGK九州地区はテーマを「伝道」、テーマ聖句を 「みことばを宣べ伝えなさい。時が良くても悪くてもしっかりやりなさい。忍耐の限りを尽くし、絶えず教えながら、責め、戒め、また勧めなさい。」(テモテへの手紙第二 4章2節) とし、「超伝道 抵抗ゼロで伝えよう」~Run the Lord Race~をキャッチフレーズとして活動しています。 5月の新歓合宿から始まり、主事企画合宿では4月からを振り返って見つめ直し、宣教について考え、共に祈りました。8月の夏期学校では、クリスチャンではない学生のフォローアップを重視して行い、与えられたクリスチャンではない参加者と共に良い学びの場になりました。 10月の遠隔交流会では、各ブロックの交流を深めると同時に、他ブロックについても知るきっかけとなるように行われ、それぞれの地で交わりを深めつつ、他ブロックの様子、近況、課題を知り、画面上ではありますが、祈り合いました。 地区活動以外では、オンラインで少人数の会員たちと祈り合う「いのるーむ」、カ

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2月12日読了時間: 2分


人生が変わる一週間
証し#129 執筆担当:山形宣洋(関東地区担当主事) 陳腐に思われるリスクを承知で、このタイトルをつけました。なぜなら私自身が、NETの一週間を通して人生が変わった者だからです。 「NET(National Evangelical students Training)」は、全国規模におけるキリスト者学生の訓練会です。①学び、②静まり、③宣教、をコンセプトとしており、全国規模における「交わり」がコンセプトに入っていないのも特徴と言えるでしょう。参加者の中には「交わり」を求めて参加する者もいるため、自分一人の時間(静まり)が多いことに戸惑いを覚える者もいます。しかし、重厚な神学的学びを体験し(学び)、それが実生活にどんな意味を与えるのかをたっぷり思い巡らし(静まり)、福音から溢れ出る喜びを分かち合う(宣教)という流れは、KGKの他の合宿とも一線を画す、学び漬けの、静まり漬けの、宣教漬けの一週間なのです。 様々なツールの発達により、私たちの生活は便利になりました。生産的であることが正義となり、何事も、早ければ早いほど評価される世界です。そのような中で、

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2月5日読了時間: 3分


教会における信仰継承について・その15
総主事コラム#128 執筆担当:吉澤慎也(総主事) 今回から、教会で育っていく青年たちにキリスト教教理を教えることの大切さについて考えてみたい。 KGKでは、NETと呼ばれる全国的な学生訓練会を開催している。約1週間にわたる、非常に長い合宿形式の訓練会だ。内容の濃い学びが提供されるため、参加のハードルは決して低くない。それでも多くの学生たちから支持されている人気企画で、キャンセル待ちが出ることも多い。 このNETに参加する学生は、まず全員が「救いの全体像」を学ぶ。言ってみれば、これはキリスト教教理を体系的に学ぶ時間である。教理を全体として学ぶことで、それまで教会などで教えられてきた断片的な知識が整理され、つながっていく。そうして、もやもやと抱えてきた疑問に明快な答えが与えられ、喜びと感動を覚える学生の姿を、私はしばしば目にしてきた。 そんな「目から鱗」の体験は、福音とは何であり、福音が自分に何をもたらしたのかを再確認する機会にもなる。そして彼らの信仰の歩みが、ときには飛躍的に成熟へ向かう一歩になっている。こうした現実を見るとき、青年たちが教理を理

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1月29日読了時間: 2分


「沖縄」って別にキラキラしていないのでは!?!?
証し#127 執筆担当: 吉田七海(沖縄地区・琉球大学3年) 2025年はどんな一年だったかなと振り返る。 私個人としては、大学三年生になりこれっぽっちも考えたくもない将来について向き合わされ、目標と同時に弱音も吐きながら、神様に祈った一年だったなと思う。 そんな一年を無事に乗り越えられたのは、神様、家族や友人、教会の方々、KGKのみんな、そして実家の猫のおかげである。 2025年の沖縄地区KGKも恵み豊かな一年だった。 3月はNCに沖縄地区の学生6人が参加(パパイヤじゃんけんを披露)、4月は新入生歓迎会(ハイプ大盛り上がり)、8月は今帰仁村で開催されたゆんたくキャンプ(ゆるゆるおしゃべり夏期学校)などのイベントが行われ、他地区学生との交流や沖縄地区の良さが存分に発揮できる機会に恵まれた。 毎週の活動では、週ごとに場所を変え、内容を変え、なんだかんだ真面目に活動しているのである。 そんな沖縄地区の活動で私が特に印象に残っているのは、今帰仁村にある北山荘で行われた11月の「平和キャンプ」だ。 2025年は戦後80年の年だった。 沖縄県内では戦争に関

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1月23日読了時間: 4分


寄り添い「愛」で結ぶ糸電話
証し#126 執筆担当: 位田 和登史(東海地区運営委員長、名城大学4年) 突然ですが、KGKとはどのような場所でしょうか。少し考えてみてください。自分の居場所。祈り合える場所。自分の信仰生活を考えさせられる場所。一人一人、それぞれの答えがあると思います。さらに、もう一つ投げかけます。KGKで心を打ち明けて語り合えていますか。できているという人もいるかもしれません。ただ、私は首を縦に振ることは難しいです。東海地区に目を向けたとき、立てあげられているブロックや聖研について、知らない課題がたくさんあり、それと同時に、知ろうともしていないのではないか という自分自身への問いかけがあったからです。 そして、その課題はもしかしたら私だけでなく、東海地区自身の課題でもあるのではないかと年間テーマを決める運営委員会の中で思わされていきました。 そこで、2025年度東海地区では、年間テーマを『寄り添い「愛」で結ぶ糸電話(寄り添い愛、愛で結ぶ糸電話)』としました。東海地区KGKの中で、主との交わりの中にあって、さまざまな活動を通して、お互いにどのような距離であ

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1月15日読了時間: 3分


「まあ、こんなもんか」を超えて
ショートメッセージ#125 執筆担当:木下泉(事務宣教局担当主事) 「わたしが、あなたとともにいる。これが、あなたのためのしるしである。このわたしがあなたを遣わすのだ」出エジプト記 3章12節 私は新年のような節目の時には心機一転、新しいことをしようとします。しかし、いつの間にかそんな決意を忘れてしまいます。そして、そのことにさして落ち込むこともせず「まあ、こんなもんか」といった思いになることがあります。 今挙げたエピソードとは次元が違いますが、モーセも「まあ、こんなもんか」という人生を通った人物でもありました。彼はイスラエル人でありながら、不思議な神さまの導きによって、当時イスラエルを支配していたエジプトの王宮で大切に育てられました。しかし、同胞を助けるためにエジプト人を殺してしまい、エジプト王から命を狙われる身となってしまいました。そして、エジプト王の手が届かないところまで逃げ、羊飼いとして生活をするようになります。 この状況はモーセが思い描いていたものではなかったことでしょう。しかし、絶対的な権力から命を狙われても、逃げ切ることがで

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1月6日読了時間: 3分


アンビリーバボー!!〜御使いの視点から見るクリスマスの出来事〜
ショートメッセージ#124 執筆担当:池淵亮介(関西地区責任主事) イエス様がこの地上に生まれた誕生をお祝いするクリスマス。「クリスマス、おめでとう!」人の誕生日は普通、誕生した人本人をお祝いします。 当たり前のことです。 でも実は聖書をよく読んでみると、クリスマスの出来事ではじめにお祝いされているのは、誕生したイエス様の側ではありません。祝われたのは、僕ら人間の側です。 「おめでとう、恵まれた方。主があなたとともにおられます。」(ルカ1:27) とマリアは、御使いガブリエルからお祝いされました。「おめでとう。誕生されたイエス様!」とは言われていないのです。 御使いたちは、旧約聖書から待ち望まれていた「救い主の到来」と、それによって成就する「わたしたち人間の救いの約束」の中身を、知っているわけです。だからこそ「祝われるべきはあなたがた人間の方ですよ」「この新しい契約(約束)の成就が、今あなたに与えられたんですよ」と、 御使いは人をお祝いしているのです。これがクリスマスの本当の意味です。イエス様というプレゼントが人に与えられたことを祝うのがクリスマ

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2025年12月24日読了時間: 5分


アドベントに何を待つ?
ショートメッセージ#123 執筆担当:渡邊桃子(研修メンバーケア担当主事) アドベント(待降節)と聞くと、皆さんはまず何を思い浮かべますか?アドベントカレンダーやリースなどクリスマスに心を向かわせる物や、聖書でいうと受胎告知、預言、飼葉桶など、イエス様の誕生に関連することをイメージする人が多いのではないかと思います。 アドベントのひとつの目的は、イエス様の誕生を待ち望んだ人々に想いを馳せ、私たちが救い主を必要とする存在であることを認め、救いがもたらされている喜びや神様との関係を思い起こすことです。しかし、アドベントにはもうひとつの目的があります。それは、イエス様が再び来られる「再臨」を待つことです。 「腰に帯を締め、明かりをともしていなさい。主人が婚礼から帰って来て戸をたたいたら、すぐに戸を開けようと、その帰りを待っている人たちのようでありなさい。帰って来た主人に、目を覚ましているのを見てもらえるしもべたちは幸いです。まことに、あなたがたに言います。主人のほうが帯を締め、そのしもべたちを食卓に着かせ、そばに来て給仕してくれます。」ルカの福音書12

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2025年12月22日読了時間: 3分


まことの王の到来
ショートメッセージ#122 執筆担当:永井創世(東北地区責任主事) 「これを聞いてヘロデ王は動揺した。エルサレム中の人々も王と同じであった。」 マタイの福音書2章3節 嬉しくないプレゼントをもらって動揺した経験はありますか。まことの王なるイエス様の降誕に際した人々の反応は、まさにそのようなものでした。ヘロデは王としての自分の地位に固執し、結果、イエス様を殺そうとし、最終的にはベツレヘムとその周辺一帯の2歳以下の男の子を皆殺しにする異常な暴力性を見せます(マタイ2:16)。興味深いことに、聖書はヘロデ王だけではなく、エルサレム中の人々も動揺したと記しています。王を見て動揺したのです。ユダヤ人である彼らは救い主の到来を待ち望んでいたはずです。しかし実際には、神よりも目の前の権力を恐れ、「波風立ててほしくない」というのが本音でした。この姿は暗い前触れであり、30年後に同じエルサレムにて、指導者に煽動された人々は、イエス様の十字架刑に深く加担していくことになります。 イエス様の降誕に際するこのような反応は、私たちの姿と重なります。なぜなら私たちも本音では

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2025年12月15日読了時間: 3分


待てない私達のアドベント
ショートメッセージ#121 執筆担当:杉山琴映(事務宣教局主事) イエス様の誕生の次第を綴ったルカの福音書1章には、なんだか親近感の湧く人物が登場します。イエス様の親戚であり、洗礼者ヨハネの父である祭司ザカリヤです。彼は、神の前に正しく、聖い歩みをしている人でした。しかし、そんなザカリヤも不意打ちには敵わなかったようです。祭司の務めをしている最中、神殿の中に突如御使いが現れました。そして、御使いを通して自分たち夫婦に念願の子供が与えられることを知らされた彼は、直後に口がきけなくなってしまいます。その理由こそが親近感の湧くポイントです。「その時が来れば実現する私(御使い)のことばを、あなた(ザカリヤ)が信じなかったから」…なんと、現代の私達にもわかりみの深い出来事でしょうか! ザカリヤは御使いを前に取り乱し、御告げの内容そっちのけで恐怖に襲われてしまいました。加えて、祈っても子供が与えられずにこれまで何度もがっかりしてきた経験が、御使いの素晴らしい知らせを簡単に受け入れまいと、信じることを阻んだかもしれません。私達もまた、目の前の状況に不安をおぼえ

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2025年12月7日読了時間: 4分


心に納め、思いを巡らす
ショートメッセージ#121 執筆担当:飯沼偲(東海地区責任主事) しかしマリアは、これらのことをすべて心に納めて、思いを巡らしていた。 ルカの福音書2章19節 一説によると、キリスト教の迫害が落ち着いてきた5世紀ごろからアドベントの習慣が広まり、イースターと同じように断食の期間もあったようです。その断食には食事やその他の欲望を断つことで(煩わしさから解放されることで)、この世の関心ごとを一時的に手放し、神様との関係をもう一度思い出す役割があります。 現代の世界を見ていると、自分自身も含め、さまざまな情報の渦に飲み込まれている印象を受けています。「現代人が1日に受け取る情報量は、平安時代の一生分の情報量」という研究もあり、私たちの脳はフル稼働で動きつつも、情報の上っ面だけを「理解」し、深掘りができない状態であると思わされています。 そんな中、アドベントのこの時期に、マリアの待ち望みかたに目が留まりました。 彼女は生まれてから十数年とはまったく違う約1年の期間を過ごしていたことでしょう。天使のお告げ、ヨセフからの情報、エリサベツとの交わり、羊飼いたち

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2025年11月30日読了時間: 2分


北海道KGKの温かさ
証し#120 執筆担当: 西藤さとり(北海道地区KGK実行委員長・札幌医科大学3年) 2025年度、北海道KGKの実行委員長を務めさせていただいています西藤さとりです。この度はKGKブログの執筆依頼をいただいたこと、そしていま私の文章を読もうとしてくださっていることに心から感謝いたします。この証を読み、少しでも北海道KGKの魅力を知っていただければ幸いです。 北海道KGKでは主に、各学内・ブロックの聖書研究会や札幌での月例会、そして年4回の合宿などの活動を行っています。合宿は60-80人規模で行われますが、そのうち1/3が毎回来る学生、1/3がたまに来てくれる学生、そして残る1/3が初参加・未信者学生というおよその人数構成になっています。つまり、感謝なことに、初参加・未信者学生の割合が高いという特徴があり、自分の知り合いをKGKに誘いやすい温かい場所だと言うことができます。 そのような構図が成り立つ背景には、もちろん神様のご計画と働きがあり、そのうえで主事のフォローアップの学びがあったり、常連のメンバーが温かい雰囲気を作り上げたりしているからだ

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2025年11月19日読了時間: 3分


世界で働いておられる主 今この場所でも
証し#119 執筆担当:河野勇也(九州地区責任主事) 10月18日は、IFES(国際福音主義学生連盟)が定めた各国の学生宣教を覚えて祈る世界宣教祈祷日、「World Student Day」でした。 KGKでは、ここ数年、関東地区の世界宣教委員会がこの日に集会を持ち、その他の地区はZoomで参加していました。今年は午前中に関東の集会に各地区からZoomで参加し、午後は地区ごとに独自の集会を持ちました。 午前はエペソ人への手紙6章の御言葉から、御霊の助けを得ながら、忍耐をもってすべての聖徒のため、また福音宣教のために祈ることの重要性が語られました。午後の九州地区の集会では、世界、日本、地区、ブロック、学内、教会、家族、個人といった各レベルの祈祷課題を祈り合い、それぞれの証しを聞く時を持ちました。 世界の証しについては、グループに分かれ、IFESのホームページから気になる国の学生宣教の証しを読み(英語ですが、現在はネットで容易に翻訳できるため大変便利になりました)、全体で分かち合い、祈る時を持ちました。 また、九州地区から現在オーストラリアに留学して

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2025年11月13日読了時間: 3分


教会における信仰継承について・その14
証し#118 執筆担当:吉澤慎也(総主事) 以前、地方のある教会の礼拝に出席させていただいたことがある。礼拝出席者は40人くらいいただろうか。その地方の地域性を鑑みると、比較的規模の大きな教会と言えるかもしれない。教会員はみな生き生きとしており、牧師のメッセージには力があった。 その教会での交わりを通して考えさせられたことがあった。それは、地方の教会で育った若者たちの多くは、やがて都市部に移住していき、また同じ教会に戻ってくることはあまりないという現実だ。このような現実を前に、いずれはその教会から去っていってしまうかもしれない教会の子どもたちをしっかりと育て、そして他の教会へ送り出していくということは、その教会にとって、次世代育成に対するどれほどの覚悟と熱意と忍耐とを要することだろうかと思わされたものだ。「せっかくがんばって関わってきたのに、どうせいなくなっちゃうんだから…」「一生懸命育てても、出るものばかりで、教会に返って来るものはほとんど何もない…」というような残念な声が聞こえてきたとしても、それでもなお精一杯取り組んでいる地方の教会の姿勢に

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2025年11月7日読了時間: 2分
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