主の御心と志
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証し#147 執筆担当:富浦颯(関西地区GA)
私が学生への宣教とその働きに重荷を抱くようになったのは、高校生の時でした。モンゴルへのミッショントリップに参加した際、現地の教会に集うユースたちや「マンホールチルドレン」と呼ばれる子どもたちに出会いました。言語や環境は違っても、日本の私たちと同じように葛藤し、悩みながらイエス・キリストを慕い求める同世代の姿に心が燃やされ、「彼らがこの先もイエス様を選び取り続けるように」と切に祈らされました。また、深い傷を抱えながらも心から笑う子どもたちに触れ、「この笑顔と、イエス様という希望だけは失ってほしくない」と強く思わされ、その願いは日本の学生たちへも向いていきました。
大学進学後は教会学校(CS)の中高生クラスの教師となり、若者への思いはいっそう強くなりました。私自身、高校生から大学生の時期に神様と出会い、信仰が自立していったという恵みを経験したからこそ、自分と向き合い将来を考えるこの時期にイエス様に出会うことの価値を確信しています。 その後、大学でKGKの活動に加わり、多様な背景を持つ仲間たちと出会いました。日々の祈祷会やキャンプで彼らが交わり、賛美し、祈る姿を見るたびに心が熱くなり、とりなしの祈りと涙があふれました。
「あなたの若い日に、あなたの創造者を覚えよ。」(伝道者の書12:1、新改訳2017)
人生の方向を選び取る大切な時期にある学生たちが、さまざまな葛藤や夢、迷いの中でイエス様と共に生きる決断をしてほしい。そのための祈り手として、彼らのそばに寄り添いたいと強く願っています。
KGKの歩みの中で、私は自らを「この場に献身している者」として歩んできました。時に疲れ、信仰的な意味を見失いかけることもありましたが、主は憐れみをもって私を支え、人を通して多くの励ましを与えてくださいました。「誰かが神様を知り、救われるために、自分にできることをしたい。」
——その一心で活動を続けてきました。
その後、GAのお話をいただき、祈る中で「これは自分の楽しさや執着ではないか」という思いもよぎりました。そのため、この6月からの3ヶ月間、その情熱すらも「主よ、あなたにおゆだねします」と手放し、祈り続けてきました。 しかし、主はその思いを取り去られることなく、むしろ何度も新たに燃え立たせてくださったのです。その中で与えられたのが、次の御言葉でした。
「神はみこころのままに、あなたがたのうちに働いて志を立てさせ、事を行わせてくださる方です。」(ピリピ人への手紙 2章13節、新改訳2017)
この御言葉を通し、私は「この思いを与えてくださったのは主ご自身だ」と確信しました。この弱く小さな者を選び、主の計画のために用いてくださることを信じています。


