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ハイデルベルク信仰問答を読む

更新日:10月14日




良書紹介#2 執筆担当:飯沼偲(北陸地区責任主事)


『ハイデルベルク信仰問答を読む:キリストのものとされて生きる』(朝岡勝著)

高校生の時、教会の祈祷会で『ウエストミンスター小教理問答』に出会いました。その頃は何も分からず、右の耳から入り、左の耳から出ていきました。大学生の頃、もう一度出会いました。牧師の息子としての体面上「答えを知っておかなければ」と、知ったかぶりをするため家でこっそり勉強しつつ、『ハイデルベルク信仰問答』にも出会いました。学内の友に福音を伝えるために、自分の信じているものを再確認し、信仰を告白することもできました。神学校で教理問答の歴史を学びながら、作られた思い、何を告白しているのか深く考えさせられました。そして、主事になり、この本に出会いました。

「何となく知る」「答えを探す」「神学校の授業のため」「伝道のため」いろいろな場面で信仰問答に触れてきました。しかし、それは全て必要なプロセスであったと思います。

著者は、この信仰問答の特色を①教育のため、②聖書に密着した、③福音を明確に示すため、④説教のため、⑤信仰の一致のため、とまとめています。実際、私も図らずもそのような恩恵に与ってきました。ですから、どんな人でもこの本を読むことを勧めます。何度も読むことを勧めます。


本書の中でも語られますが、『ハイデルベルク信仰問答』は説教と聖礼典を繋ぐ役割も果たしています。自分たちの信仰の枠を知るだけでなく、なぜ、こう生きるのか、生きたいと思わされるのかを思い出させ、言葉としてくれます。

十戒の位置がそれをも表しており、律法が罪を認めさせる教育的用法としての役割として重きを置くのではなく、感謝と応答の生活の規範として重きを置くため、使徒信条より後に置かれています。

私の学生時代を思い出しても、なんとなく礼拝する、なんとなくクリスチャンとして生きるということが多かったかもしれません。そのような、もやもやをぶつけたり、語ったりしたKGKの仲間もいたことは感謝なことでした。しかし本書は、なぜ私は今、礼拝するのだろうか、なぜ十戒を守るのだろうかなどを考えさせ、それを言葉にしてくれる良い助けとなります。

確かに読んでみても、そのとき分からないことや、まだ腑に落ちないことも出てくるかもしれません。しかし、その疑問も含めた一歩を本書と共に進めてみませんか。

皆さんのキリストのものとされて生きる生活が、ご自身の中で、外で豊かなものとなりますように期待します。

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