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地方公務員の神学

  • 執筆者の写真: KGK公式ブログ
    KGK公式ブログ
  • 20 時間前
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仕事の神学#139 執筆担当:献二 帝京大学2009卒、立教大学大学院2011卒

筑西市役所(茨城県) 総務部付主任 (国のシステム関連機関に出向)


茨城から東京の大学に進学し、就活にさしかかる頃、KGKの仲間と進路を祈り求めた。就職する者、進学する者、神学校に行く者。その流れはゆっくり都心に向かっていくように見えた。地元である茨城の母教会の信徒が減り、疲弊する様子を耳にしていた私は、そんな友の報告をひとつひとつ聞くたび、喜びと同時に複雑さも感じた。人それぞれ導きがあるのは分かる。しかし脳裏には草木に覆われ屋根に穴の空いた、水田地帯に佇む会堂があった。


母教会は無牧になった。東日本大震災で会堂は半壊。信徒は数名。経済的に困窮し、牧師を招けない。教会は、存続の危機に立っていた。必要なのは、祈りと献金。そして、教会を「内側から」励ます若い力。そう考えた。私は、某県の職員を辞し、地元の市職員となった。「教会を建て上げよう」などという気負いはなく、「若いし何かできるだろう」くらいの気持ちだった。しかし、神様の導きはちっぽけな私の考えを大きく越えた。宣教師という同労者が与えられた。度重なる協議の末の会堂建築、移転へと導かれた。古い土地は役所の同期が購入し教会債はすぐに完済。皆でトラクトを配り歩くと、新来会者が与えられた。若い洗礼者がおこされ、そして牧師招聘に至った。気がつけば職業選択は、微力ながらも教会の宣教的必要に応えたい、という願いに影として結びついていた。


ここからは地方公務員(行政職)として教えられた使命、「仕事の神学」について分かち合いたい。


1. 神様が人に託した地上管理(創1:28、ルカ19:11-26等)を土台に、法令・条例に基づき、託された分野・範囲を主体的に担うこと。多数のノンクリスチャンによって行政サービスが保たれているため(ロマ13:4)、地上管理の意味を教えられた者として内部から執り成しの祈りを続けること(自分の仕事の出来不出来はともかく)。


2. 都市集中(日本経済の発展)と引き換えに衰退した地方の修復に取り組むこと(エゼ22:30)。地方への視点は、ガリラヤでの主イエスの姿から励ましを受けた。主イエスご自身、宣教期間の大半をガリラヤで過ごされた。大都市でなく山間の農村や湖畔の町々など辺境のユダヤ社会を多く歩まれた。何をお考えだったのだろうか。預言の成就のためか(イザ9:1、マタ4:15)、身を避けるためか(マタ4:12)、いずれにしても、主イエスの眼差しが「忘れられた地方の人々」にも向けられていたなら、地方公務員として大きな励ましである。


今は国に出向し、莫大な予算を伴うナショナルインフラに携わっている。しかし、この日本という国も広い世界から見れば一地方であることに変わりない。宣教的必要に応えたいという思いと、みことばから教えられた「仕事の神学」を欲張りにも両輪に据え、今日も御国の建設に取り組みたい。

 
 
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