いつも隣人となって聞いてくださっていた
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証し#144 執筆担当:後藤陽歌(関東地区GA)
初めまして。今年度から関東地区のGAになりました、後藤陽歌です。KGKのスタッフへの導きをお証させていただきます。
きっかけは、学内活動を通してはたらかれた主の憐れみへの気づきでした。
私は大学2年生の時に学内活動を始めました。大学の食堂で、一人で聖書を開き、「聖書に興味がある学生が声をかけてくれますように。助け手も欲しいです」と祈るのが週に1回のルーティンでした。時には、KGKの地区活動で出会った他大学の友人や担当主事が足を運んでくれました。しかし、一向に聖書を読む友人は与えられませんでした。ほとんどの時間、聖書を一人で読み続け、孤独さは増していくばかりでした。今思えば、自分から友人に声をかける勇気はないものの、一緒に読む人には声をかけてほしいという他力本願な祈りをしていたということに気づかされます。一緒に聖書を読む人が、簡単に起こされないことは当然でした。
大学3年生のアドベントの頃、この祈りが本当に聞かれる不思議な出会いがありました。突然、「陽歌ちゃんって、クリスチャンなの?」と友人に授業終わりに声をかけられました。驚きつつ、話を聞くと、私が着ていたパーカーの「hallelujah」の文字に気づいたこと、友人の親戚が牧師をされていることが分かりました。この出会いを契機に、年明けに一度聖書を読むことができました。
2ヶ月後、2025年のNational Conferenceで、再びこの出会いを吟味する時が与えられました。吉澤総主事によるメッセージを通して、「あなたの隣人は誰ですか?その隣人の反対側を通り過ぎていませんか?」と問われました。真っ先に思い浮かんだのは、声をかけてくれた友人でした。というのも、長期休暇を過ごし連絡を取っていなかったため、4月から再び友人を誘うことがどこか億劫で、また一緒に読んでくれるだろうかという疑問と恐れを感じ、ネガティブな思いに対して見て見ぬふりをしていました。あの時に聖書を一緒に読んだ喜びをこんなにも早く忘れてしまう自分に失望すると同時に、弱い私をちゃんと見つけて隣を歩んでくださるイエス様の憐れみに感動し、励まされ、残された学生生活で与えられた友人と聖書を読む時を大切にしたいと変えられました。さらに、母校の学内活動を卒業後も見守ることができれば幸いだなと思いました。その働きは主事やGAの特権であることに気づかされました。そして、決して反対側を通り過ぎて行かない、見つけて隣に来てくださるイエス様のような働き人になりたいと祈り始めました。
感謝なことに、大学4年生になり再び友人と聖書研究をし、共に祈る機会が一度与えられました。その後在学中は、卒業研究や国家試験対策などお互いに予定が合いませんでしたが、卒業後も個人的に会い聖書を読みたいと祈っています。また、進路の祈りが聞かれ、卒業後すぐにGAとしての歩みが始まりました。欠けばかりですが、イエス様の姿を求めて参ります。
「『あなたは心を尽くし、いのちを尽くし、力を尽くし、知性を尽くして、あなたの神、主を愛しなさい』また『あなたの隣人を自分自身のように愛しなさい』とあります。」
ルカの福音書10章27節(新改訳2017)


