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苦しみのただ中で


ショートメッセージ#23 執筆担当:小林悠(関東地区担当主事)


「あなたがたがわたしを捜し求めるとき、心を尽くしてわたしを求めるなら、わたしを見つける。」エレミヤ書29章13節(新改訳2017)


 私たちの人生は、中々思い通りには進みません。もちろん、順調なときもあります。でも、人間関係がうまくいかなかったり、勉強や進路のことで挫折をしたりすることがあります。また、家族の問題があったり、病気を患っていたりと、自分の願い通りにならないことがあります。そういう時、なんとも言えない痛みやつらさ、苦しみを経験することがあるのではないでしょうか。


 預言者エレミヤのことばを聞いたイスラエルの民も、人生における挫折を味わっていました。戦争に負けて自分の国が滅ぼされてしまった。敵国バビロンに連れて来られ、敵に仕えることが要求されている。自分たちの国の繁栄は滅び去り、屈辱的な状況でした。

そのような中で、エレミヤを通して神様が語ったことは、「バビロンの地で腰を据えて生きなさい」ということです。バビロンの地で家を建てて住み、食料を得て食べ、子孫を残すこと。バビロンの町の平安を求めて神様に祈ること。そうして70年が満ちるころ、神様が約束を果たして、民を自分の国へ帰すといいます。


これを聞いた民は、「70年か…長いな…」と思ったのではないかと思います。自分たちの子孫は帰れるかもしれないけど、きっと自分たち自身は生きて帰れない。この町の平安によって、平安を得ると言われているけど、国へ帰りたいという自分たちの願いは叶わないんだ…。


しかし、神様は続けて語ります。「あなたがたがわたしに呼びかけ、来て、わたしに祈るなら、わたしはあなたがたに耳を傾ける。あなたがたがわたしを捜し求めるとき、心を尽くしてわたしを求めるなら、わたしを見つける。」(29章12,13節)


神様が民に一番求めていたことは、彼らが「心を尽くして神様を求める」ことでした。神様の祝福の中心は、イスラエルの民が神様を見出し、神様を礼拝する神の民として生きることです。民が神様に呼びかけ、神様を捜し求めるなら、試練の70年のただ中にあって、民は神様を見つけることができます。


私たちには願いがあって、実現したい夢があって、手に入れたいものがあります。でも、私たちにとって本当に大事なことは、私たちの願いが実現することではありません。私たちにとって一番大切なことは、私たちが神様と出会い、神様のものとして、神様を礼拝しながら生きることです。


もしかすると、今の自分の願いは叶わないかもしれません。でも、この苦しみのただ中にあって心を尽くして神様を求めるなら、私たちは神様を見つけることができます。

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