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教会における信仰継承について・その16

  • 執筆者の写真: KGK公式ブログ
    KGK公式ブログ
  • 4月30日
  • 読了時間: 2分

総主事コラム#141 執筆担当:吉澤慎也(総主事)

前回から、教会で育っていく青年たちにキリスト教教理を教えることの大切さについて考えている。今回は、異端やカルトとの関わりについて述べてみたい。


教会に通う若者にとって、異端やカルトと呼ばれる団体も、決して遠い存在ではない。たとえば、ネットやテレビでそうした団体についての情報を目にすることは少なくないし、街中でその信者を見かけることもある。「あの人たちは何者なのだろう」「教会のクリスチャンと同じなのだろうか」と、素朴な疑問を抱いている若者も、きっといるのではないかと思う。


また、2022年に旧統一教会をめぐる問題が大きく報じられて以来、「宗教二世」という言葉がネガティブな意味合いで語られることが多くなった。クリスチャンホームで育った若者の中にも、「自分も宗教二世なんだ」と、複雑な思いを抱きながら、自分の置かれている環境を見つめ直している人がいるかもしれない。そして、メディアで取り上げられていることと、自分の家族や教会でなされていることとのあいだに、「何が違うのだろう」と密かに悩んでいても、親や教会には「怖くて聞けない」と感じていることもあるだろう。実際、「信仰の継承」と「信仰の強制」との境目を、はっきり線引きすることは簡単ではない場合もある。


けれども少なくとも、教えの内容における異端やカルトとの違いは、できるだけはっきり示しておきたい。たとえば、恵みのゆえに信仰によって救われるという私たちの救いの理解は、行いによって義と認められるとする異端やカルトの教えとは、明確に異なっている。そうした違いを、どこかすっきりしない思いを抱えている若者たちに教えることは、とても重要だ。彼らもまた、その違いを「きちんと知りたい」と思っているはずであり、実際に知ってほしいと思う。


ネットでキリスト教教理について調べようとすると、異端やカルトのサイトに行き着いてしまうことも、決して珍しくない。だからこそ、教会の若者たちが健全な教えにふれるためには、丁寧な導きが必要だと思う。使徒信条のような、よく知られた歴史的信仰告白について教会で学ぶ機会があるなら、とてもよいことではないだろうか。初代教会においても、異端の教えに流されないよう、思慮深くあることが大切にされた。今日の教会でも、そのことを若者たちに伝えていきたいと思う。

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