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悩みのプロセスこそ

更新日:9月15日


証し#6 執筆担当:松尾献(九州地区責任主事)


コロナ禍で学生宣教のあり方は大きく変化しました。KGK活動のほとんどがオンラインになりました。しかし、神は、私たちを五感を持つ肉なる存在として創造されました。それゆえ、対面の持つ力は大きく、主事も学生もコロナの様子を見つつ、「ここぞ!」の時には対面を選んできました。


しかし、この<対面かオンラインか>の判断は時に難しく、大きく消耗します。また対面を選んだ時には、今度は、感染対策を考えなければなりません。もしKGKでクラスターが出ると、「KGKの信頼性を失うのではないか」「他の地区にも迷惑がかかるのではないか」「キリスト者として証にならないのではないか」と不安がよぎります。そしてリスクを考えるならば、いっそのことそもそも対面の可能性すら考えることをやめた方が楽ではないか…という思いにもなります。しかし一方で、「恐れすぎて何もしないことは、信仰なのだろうか」「世論や非難の声を気にしすぎることはキリスト者のあり方なのか」とも思うのです。キリスト者としてどう行動することが相応しいのだろうか。神の言葉を土台にしても悩みます。しかし、この悩みのプロセスこそ学生と共にしたいと、私は思うのです。


主事が簡単に「こうする方がいい」と結論を出すこともできるかもしれません。しかし、そうではなく、共に神の言葉を土台にしながら、学生と一緒にKGKのあり方を模索し続けたいと思うのです。なぜなら学生たちは、これからの教会を建てあげる尊い器だからです。


コロナ以降も、教会は、そしてキリスト者は難しい信仰の局面に立たされることがあるでしょう。何が正解か…白黒つけられない難しい判断が迫られることもあるでしょう。その時に、信仰の友と葛藤し、考え抜いてきた経験が、教会としてキリスト者としてものを考える時の役に立っていくんだと思います。


私はこのコロナ禍の経験を無駄にしたくはないのです。この経験が、学生の信仰の大きな成長のプロセスになることを願っています。ですから今日も私は学生と共に悩むことを大切にしたいのです。また学生たちが信仰による決断をしたことを一緒に背負い、責任をとる主事でありたいと願います。

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