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励まし合いながら神に従う

更新日:2021年11月16日



証し#9 執筆担当:新田喜恵子(東海地区KGK運営委員長・愛知教育大学4年)


私はKGKの活動を通して、神様に多くの恵みをいただきました。その中でひとつの大きなものは、信仰を励まし合うことのできる仲間ではないかと思います。KGKで出会った友達とたくさん話し、祈り合う時間をもつことができました。そこで信仰を励まされた経験は数えきれないほどです。


例えば、自分がクリスチャンであることを学校の友達に言うことができないでいる、ということで悩む学生は多いのではないでしょうか。つい先日、「大学の友達に自分がクリスチャンであることを話せた!」と報告してくれた後輩がいました。今まではいろんなところで誤魔化して、たまに嘘つきにもなってしまって心苦しくなっていた。でもKGKの活動をきっかけに、自分の行動が神様に背を向けていることであるとわかったのだと話してくれました。私も自分の経験を分かち合うことができ、とても良い時間でした。「神様に遣わされた者として、証しをしたい。でもできない。」という正直な悩みを分かち合える仲間がいることは大きな支えであり、励ましであるのだと実感しました。また、話した友達から想像以上に良い反応があり、KGKの活動に参加してみたいと言ってくれているということも共有してくれました。神様が、勇気をもって神様に従う者を喜んでくださっているのだと感じました。


私自身の経験で言えば、学内活動で苦しんでいたことがあります。活動に加わる人、特にクリスチャンが減り、活動を続けていけないかもしれないと思い不安でした。特に2020年度は新型コロナウイルスの影響があり、その他にも問題があったので、学内活動についての不安はいつも私の中にありました。その前の年までは人数が多く賑わっていたため、どうしても比較してしまうことがありました。その不安をKGKの仲間に打ち明け、一緒に祈りました。2021年度4月、神様は2人のノンクリスチャンの新入生を送ってくださいました。それからはクリスチャン2人、1年生のノンクリスチャン2人の4人で毎週聖書を開くことができています。自分の思いとしてはクリスチャンのメンバーが欲しかったのですが、神様の答えはノンクリスチャンを与えることでした。それでも今は不思議なことに、私は心配しなくても良いのではないかと思うように変えられました。


私はこれらの経験を通して、すべてのことがいつも順風満帆にいく必要はないのだと気づかされました。


「しかし主は、『わたしの恵みはあなたに十分である。わたしの力は弱さのうちに完全に現れるからである』と言われました。ですから私は、キリストの力が私をおおうために、むしろ大いに喜んで自分の弱さを誇りましょう。」

コリント人への手紙第二12章9節(新改訳2017)


悩み、苦しみ、弱さを知りながら、またそれらを仲間と共有しながら、神様に従っていくことが私には必要だったのです。仲間たちの励ましのなかであれば、もし自分がクリスチャンであると言えないことがあったとしても、聖書のなかで「心配するな」と語られているのに心配してしまうことがあったとしても、その弱さの中で神様の力と恵みを知ることができるのです。


私がこの大学で神様に与えられた働きはまだ続いています。学内活動では私以外にKGKにつながっている人がいないため、私が卒業した後に続けていけるかがわかりません。東海地区で祈祷課題を分かち合うとき、私はいつも「学内活動にいるメンバーがKGKにつながるように」と書いています。自分が卒業した後も、まだ福音が届いていない学生のために、特に自分の母校の活動のために祈っていきたいと思わされています。


「いつも喜んでいなさい。絶えず祈りなさい。すべてのことにおいて感謝しなさい。これが、キリスト・イエスにあって神があなたがたに望んでおられることです。」

テサロニケ人への手紙第一5章16~18節(新改訳2017)

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