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わたしのしもべモーセは死んだ


ショートメッセージ#10 執筆担当:杉本潤(北海道地区責任主事)




「あなたの一生の間、だれ一人としてあなたの前に立ちはだかる者はいない。わたしはモーセとともにいたように、あなたとともにいる。わたしはあなたを見放さず、あなたを見捨てない。」(ヨシュア記1章5節・新改訳2017)



 ヨシュア記の中心的な登場人物は、偉大な先輩モーセから後を引き継いでイスラエルの民を導く指導者として立てられたヨシュアです。彼は1章1節にあるように「モーセの従者」でした。すぐ側でモーセを補佐し、身近なところで神様とモーセとの関係を見ていました。モーセが生きている間は、神様はモーセを通して神のことばを民に語り、民を約束の地へと導いてきました。しかし、そのモーセが死に、ヨシュアも民も頼りにしていた存在はもはやいない。そこからこの書は始まっていきます。


 ヨシュアにとっても、自分が従ってきたモーセを失うことの悲しみは大きかったことでしょう。それでもモーセの死によってイスラエルの歩みが終わることはなく、ヨシュアが次の指導者として立てられ、旅は続きました。そしてこのような状況下で神様がヨシュアにまず語られたことが、「わたしのしもべモーセは死んだ」(1節)ということでした。厳しい現実を突きつけられているように見えます。しかし後に続く主のことばを見ていく時に、このみことばは、いなくなったモーセにではなく、あなたとともにいるわたしに目をとめて歩みなさいとの主のメッセージであると言えるでしょう。

 私たちの人生においても世代が変わり、働き人が変わるということが起こります。誠実で信頼でき、多くの責任をもって働いているような偉大な人物でも、次の人に責任を引き継ぐ時は必ずやって来ます。職場や学校における人間関係において、毎年のように働きを任される人が立てられ、人の上に立つ者が起こされます。後輩だった者が先輩になり、部下でいたのが上司になる。私もKGKの働きを担う中で、特に年度始めの4月のこの時期にはこのことをよく思わされています。


 教会も同じだと言えるでしょう。奉仕を担っている信仰の先輩方を見ていたと思ったら、自分が同じ働きを任され、気が付けば様々な奉仕や教会の役員を担う側に立っている。そしてこれらの環境の変化と立場の変化の中で、神様を信じて生きていたとしても私たちは目の前のことに恐れをいだき、不安を覚えるものです。


 ヨシュアはどれほどのプレッシャーや不安を抱えていたでしょうか。記されていないためにわかりませんが、はっきりしていることは、神様は働き人を立てるだけではなくその人を励まして遣わすお方だということです。モーセと親しくされた神様は、ヨシュアに対してもこのように語られました。


「あなたの一生の間、だれ一人としてあなたの前に立ちはだかる者はいない。わたしはモーセとともにいたように、あなたとともにいる。わたしはあなたを見放さず、あなたを見捨てない」(5節)


「あなたが行くところどこででも、あなたの神、主があなたとともにいる」(9節)


 

 世代が変わっても、環境や立場が変わっても、変わらずにある神様の約束があります。モーセに、そしてヨシュアに語られた主は今も私たちに、「わたしはあなたとともにいる」と言われるのです。不安や恐れを抱くとき、まずは主に目を向けて歩みたいと思います。神様のみことばを心にとめながら、続けて遣わされている地に出て行きたいと思います。

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