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すでに与えられている喜びによって

更新日:2022年12月27日


ショートメッセージ#17 執筆担当:東すみれ(東北地区担当主事)


 「いつも主にあって喜びなさい。もう一度言います。喜びなさい。あなたがたの寛容な心が、すべての人に知られるようにしなさい。主は近いのです。何も思い煩わないで、あらゆる場合に、感謝をもってささげる祈りと願いによって、あなたがたの願い事を神に知っていただきなさい。そうすれば、すべての理解を超えた神の平安が、あなたがたの心と思いをキリスト・イエスにあって守ってくれます。」ピリピ人への手紙4:4-7

 誰でも思い煩う時があります。私もよく、生きるって大変だなあ、早く天国行っちゃった方が楽なんじゃないか、などと思ったりします。怖くなって、音楽とかyoutubeで現実逃避をすることもあります。そんな時によく思い出す聖書箇所の一つが、このピリピ4:4-7です。


 ピリピは当時ローマの植民地で、ローマの神々の神殿で溢れていたので、数少ないクリスチャンたちにとっては肩身が狭く、生きづらい環境でした。今の日本と似ていますが、もっと迫害や身の危険が身近にありました。そんな彼らにパウロは「喜びなさい」「思い煩わないで」と書き送ります。ここで覚えたいのは、きっとこの時誰より大変だったのはパウロだということです。牢屋にいて、迫害されまくってるパウロの言葉だから、すごく説得力がありました。パウロは強がりとか気休めで言っているのではなく、本気で「喜びなさい」と言っています。それは、どんな状況にあったとしても、自分たちクリスチャンには喜ぶ理由が十分にあることを知っていたからです。私たちも、しんどい時、思い煩う時、喜ぶ理由が十分にあることを忘れてはいけません。この世の喜びは長持ちしなくても、私たちには、主にある永遠の喜びが与えられています。


 でもパウロは、「喜べ!」とだけ言って終わりにはしません。「思い煩いは、押し殺して隠すんじゃなくて、祈りに変えなさい。そして具体的な願いを言っていいよ、むしろ教えて!」と、神様ご自身が、パウロを通してピリピの人々に、また私たちに語っておられます。神様は自動販売機ではないので、願い事がそのまま聞かれるわけではありません。しかし、神様を信じて祈る人々に対しては、彼らが願う以上に、一番良いように導いてくださるお方です。そして、全ての理解を超えた神の平安、私たちにはわかりようがない、高いところ、見えないところで確かに働かれる神様の大きな平安が、私たちの心と思いを守ってくれます。


 私たちの正直な祈りを、神様は待っています。正直に祈る中で、神様との人格的な交わりを築いていくことができるからです。自分で祈れない時は、誰かに祈ってもらうのも良いと思います。学生時代、私の友達は私の代わりによく祈ってくれました。「すみれはずっと悩んでいます。なんで答えてくれないんですか」って、結構強めの口調で祈ってくれました(笑)与えられている喜びを感謝して、喜べないこともそのまま祈る日々の積み重ねが、あなたの心を守ってくださる神様を知る歩みとなっていきますように。

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