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これが僕らの生き方


ショートメッセージ#5 執筆担当:池淵亮介(関西地区責任主事)


「ただキリストの福音にふさわしく生活しなさい。」ピリピ人への手紙1:27


2022年3月には、3年に一度、全国のKGK学生が集うNC(全国集会)が開催されます。今回は私が担当する関西地区がホスト地区であり、史上初のオンライン開催となります。


今回のNCのテーマは「これが僕らの生き方」で、テーマ聖句が冒頭に掲げた御言葉です。この「ピリピ人への手紙」の宛先となったピリピ教会とはどんな教会だったのでしょうか?またピリピの町に生き、その町で誕生した第一世代のキリスト者たちはどんな人たちだったのでしょうか。


それは、使徒の働き16章、第二次宣教旅行中、パウロがマケドニア地方にあるピリピの町を訪れた記事を見ると想像することが出来ます。ここには、二人の人物の姿が描かれています。そのピリピの町で、はじめの救いに預かった紫布の商人であったリディアという女性、そして、もうひとりは、次に救いに預かった牢獄の番をしていた看守でした。この二人は、二人とも、このピリピという異教の土地にあって、「この世と神の国とのぶつかり」を経験した人物でした。


異邦人でありながらユダヤ教の教えに触れ、真の神への信仰を持っていたと考えられるリディアは、当時最も高価な染料を用いて染められた紫布をおろす商人としてこのピリピで成功していました。その一方で、ピリピの町は異邦人の町、町にはユダヤ人の会堂がなく、安息日に町の門の外にある川岸で、人目を忍んで神に祈る、そんな信仰的にはマイノリティであることを日々痛感しながら日常を過ごす彼女の姿がそこにありました。


また、牢獄の看守もまた、この世と神の国とのぶつかり、その葛藤を経験した人物と言えます。上司であるローマ帝国の役人の圧力・権威があり、周りの目があり、その町の宗教があり、それに背こうものなら、自分の立場、自分の生活、自分のいのちをも脅かす、そんな危険がそこにありながらも、彼は、牢獄の番という仕事中に、真夜中、地震が起きたその危機迫る状況の中で、囚人のパウロとシラスを通して福音に出会うこととなりました。


彼らは、そういった異邦人世界の葛藤の中にあっても、そこで神の招きの声に応答し、神の国の生き方を選び取ったキリスト者であったということに注目したいのです。


そのような二人のキリスト者たちから始まって形成されたピリピ教会は、困難な中にあっても、イエス・キリストをその地で信じ、その地で、キリストの福音に生き、そのことを喜びとした教会でした。それだけではなく、パウロの世界を視野に入れた異邦人伝道の宣教の輪に加わり、献金を送り続け、その「宣教の召し」を自分たちの召しだと受け取り、その使命に生きた教会でした。その意味で、ピリピ教会は、宣教の最前線でこのことばに応答して生きた教会、今回のNCのテーマである「これが僕らの生き方」という告白、その告白に生きた教会でした。


ピリピ教会が、その誕生のはじめに聞いた、「主イエスを信じなさい。そうすれば、あなたもあなたの家族も救われます。」ということばは、その血肉の家族だけに留まらず、パウロの宣教の加わり、その宣教の使命に生きたことによって、神の家族にまで広がっていきました。ピリピから続いて、パウロが宣教をしていった地に誕生した異邦人教会、テサロニケ教会、ベレヤ教会、コリント教会、エペソ教会が、神の家族としてそこに誕生していきました。そして、二千年の時を経て、その宣教の延長線上に、私たち日本の教会があるのです。


「主イエスを信じ、そのように生きること」、そこから「そうすれば・・・」の世界が始まっていく。私たちは、来年3月、NCで、このピリピ教会のキリスト者の生き方から「僕らの生き方」を考えたいのです。この世と神の国とのぶつかり、葛藤を経験しながらも、この地で起きていることをどう捉え、そこで何を考え、どう生きるのか、この時代に、この僕らが遣わされたこの日本で、この社会で、学校のキャンパスで、友だち関係の中で、家族の中で、卒業後の職場の中で、「遣わされた地で福音に生きる」、この「生き方」を共にNCで考えたいと願っています。

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